「オデッサ様には借りを作った。俺等の力を必要とするとき、全力で手を貸そう」

「伝えといてやるよ」

 鼻で笑って、テイルはバルカスの言葉に答える。ボロボロの二人は一行と別れると、そのまま確かな足取りで山へと向かった。




願いと決意



 ゴーン、ゴーン、ゴーン

 けやき亭の端部屋。その部屋にある時計が3度時計が鳴ると、隠し階段が現れた。その先にあるのは解放軍のアジトである。現れた石段を下り、急いでその通路を元通りに隠す。

 最後尾を歩いていたビクトールが声を上げ帰還を告げる。それに返事をしたのは嬉しそうなオデッサだ。

「まぁ!帰ってきてくれたのね」

 その言葉を向けられたのは、ビクトールではない。

「助かったわ。これで問題が解決する」

「オデッサ!まさかこいつらに任せる気じゃないだろうな」

「あら、適任だと思わない?それに私も行くわ。何の問題があって?」

「大ありだ!」

 勝手に話を進め勝手にもめている。オデッサと言い合っているのはフリックだ。言い合っている、というよりは言い負かされている様にしか見えないが。

 オデッサが急に振り返りテイルを見た。

「テイル。あなたにお願いがあるわ」

「…なんだよ」

「ありがとう、聞いてくれるのね」

 言って、一泊置き口を開く。

「虎狼山の北にサラディという村があるわ。そこに、この設計図を届けて欲しいの」

「………」

 無言で受け取ったテイルを見つめ、オデッサは真剣な眼差しのまま言う。視線が交差した。

「火炎槍よ。帝国を討つなら同等の、いえ、それ以上の武力が必要なの」

 テイルはそれきり黙り込んだ。紙面を見つめ、無表情のまま。その雰囲気に誰もが何も言えずに沈黙に従った。

 オデッサだけは、じっとテイルを見て。

 数分の後、テイルは静かに目を閉じた。そしてゆっくりと開き、変わらぬ無表情で了承した。

 オデッサは目を見開き、それからゆるゆると目を細め笑った。どこか泣きそうな表情で。

 とても、嬉しそうな笑顔で。

「ありがとう…っ」

 言って、深々と頭を下げた。




 一行は支度を整えると早速出発した。

 レナンカプを出発し、虎狼山の麓に到着したのは陽が僅かにかしいだ頃。ここで一度野宿をするかとの案も出たが、早く設計図を届けたいとのオデッサの申し出によりそのまま登山に移った。

 途中途中魔物に遭遇もしたが、さしたる問題もなく登山は続いた。

「坊ちゃん」

 呼びかけてきたのはクレオだった。

「いいんですか?このまま解放軍に手を貸して」

「ああ」

 即答するテイル。それにクレオは一瞬呆気にとられ、それから笑い出した。

「そうですか。坊ちゃんがお決めになったのなら、クレオはそれに従います」

「…悪いな」

「いいえ。これは私の意志ですから」

 本当にそっくりだと、クレオは思う。言い出したら聞かないところも、そのくせ気を使おうとするところも。

「そっくりだ。テオ様に」

 ふと、道が開けた。小さな家が建っている。見た所茶屋であるらしい。主人も戸の前で立っている。

「お客さん、お客さん!寄っていって下さい。お疲れでしょう?どうぞ中でゆっくりしていって下さい」

「いいなぁ!オレはくたくただぜ」

「私もです坊ちゃん。寄っていきましょうよ」

「今から山を下りるのは危険ですよ。うちは宿もやっておりますから、どうぞどうぞ」

 忙しなく店に寄る事を勧める主人。このような場所に店を構えているのなら、やはり客足は途絶えがちなのだろう。

「そうね…私も疲れたわ。寄っていきましょう」

「さぁさ、こちらですよ。足下気を付けて下さいね」

 皆が戸の中に吸い込まれていくのを見送って、テイルはため息を一つ。自らもそちらへ足を向けた。





「さ、どうぞ。当店自慢のお茶です。飲んで下さい」

「おう、ありがてぇな」

 店主が出したお茶に、皆々が口を付ける。

「ん?苦いですね」

「体にいいお茶なんですよ。良薬口に苦しですよ」

「確かに苦いな」

「そんなことないですよ。どうぞ、ぐびっと一つ」

「それにしても苦すぎないかしら?」

「いえいえ、健康のためと思ってさぁどうぞどうぞ」

 店主はまくし立てるように「どうぞどうぞ」と茶を勧める。殆どを飲み干したグレミオが訪ねた。

「匂いも変わっていますね。なんて言うお茶なんですか?」

「へぇ、ぬすっと茶と言います」

「変な名前だなおい」

「よく言われるんですよ。ん?お客さん、飲んでいませんね、どうぞどうぞ、遠慮なさらずに飲んで下さいよ」

「はぁ?ふざけるな」

 眉間にしわを寄せ不機嫌そうな顔。腕をと足を組んでふんぞり返っているテイルは茶を勧める主人に飲まないとある意味遠回しに告げた。いや、やはりストレートにだろう。

「そ、そんなこと仰らずに。ぐびーっとどうぞ、体にいいですよ」

「いらねって言ってんだろ」

 尚もしつこい店主。店主はどこか焦ったように飲めと勧める。しかしテイルもテイルで頑なに飲もうとしない。どうして飲まないのか、飲まない理由もないだろうと言う店主に、テイルはきっぱり告げた。

「苦いのは嫌いだ」

「へ?」

 素っ頓狂な声を上げた店主。と、皆の体が傾いた。

「…………」

「……へぇ?」

 テイルが凶悪な笑みを浮かべつつ腰を上げた。店主は小さく悲鳴を上げて逃げ出す。が、それをテイルが見逃すはずもなく棍を手に店主へ飛びかかろうとしていたまさにその時。

「よおルドン!どうだ景気よく仕事…できてねぇみたいだな」

「お前、こいつの知り合いか。どうにも頭の悪い子悪党らしいな。それとも根っから腐ってやがるのか」

「腐るだって?こいつのこそどろが腐ってるってんならそうさせたのは帝国だ!」

「つまり、ただの馬鹿ってだけか」

「何を…………!!おいルドン!お前、この方はオデッサ様じゃねぇか!」

「はい?」

「この馬鹿が!解放軍の軍主様だ!噂くらい聞いてんだろう!!」

「へ!?この方がオデッサ様!?」

「早く解毒剤を用意しねぇか!!」

 民を救おうとしてくれている“オデッサ様”から強盗しようなんて極悪人は、そうそういないのであった。




「ほんっっっとうに申し訳ねぇ!!!」

 そう言って頭を下げたのは乱入した山賊、ケスラーである。茶屋主人のルドンも同様に深々と頭を下げ、今日限りこの家業から足を洗うと謝罪した。

 結局ぬすっと茶に入っていた薬は至って軽いもので、後遺症になるような代物ではなかった。そのせいもあってか場に緊迫した雰囲気は立ちこめていない。

「いや、しかしどうして解ったんです?ぬすっと茶に薬が入っているって」

 ルドンは眉を下げ、それでも好奇心には勝てなかったようでテイルに訪ねた。

「あらテイル、最後まで飲まなかったのね。毒物が入っているとわかっているなら教えてくれればよかったのに」

「あー…オデッサさん。きっと気付いていなかったんじゃないかと思いますよ」

 そう言ったのはグレミオで、その顔には苦笑が浮かんでいる。「やっぱりそうなんですか?」とクレオが笑ってテイルに向かった。寝起きの悪いクレオであるが、起床から時間も経ち意識の方はしっかりしてきているようであ
る。

「苦いのは嫌いだ」

 ルドンと飲め飲まないと悶着しているときと全く同じセリフを吐いて、甘ったるくなった珈琲を啜った。

 一拍遅れて、呆気にとられていたビクトールとオデッサは爆笑した。





 朝食をルドンの茶屋で済ませると、一行はサラディへと向かった。山を下りてから数時間。サラディは見えてきた。遠目にも解るほど簡素な村で、棟も少ない。村に入ってから、オデッサは宿を取ると言った。

「そこで設計図を渡すことになってるのよ」

 ならば、と。見るからに観光する場所もなさそうであるし、そのまま宿を取ることになった。

 夕食を食べ、夜更けも近くなった頃。それでも宿には誰も訪れなかったので、皆それぞれに就寝することになった。

「あら…?テイル。どうしたの」

「外に人の気配があったからな」

「そう…でも丁度よかったわ。話しもしたかったしね」

 深夜、皆が寝入った頃だった。空には雲すら無いようで、星の光がいやに強く感じられる。そう思ったところで、ここサラディは高地にあることを思い出す。空と地の距離が近い。

「ねぇテイル。あなたはもう決めてくれたけれど、それでもまだ頼みたいわ」

「我が儘な女だな」


「ありがとう。…テイル、私じゃ駄目なの。解るでしょう?今はまだ解放軍は小さいわ。帝国が相手にしてないほどね。私達に構うのは下っ端ばかり。それでも私達は、解放軍は民の希望になっている。このまま潰されてなんてやるわけにはいかないわ。私は器じゃない。誰もやらないから、私が立ち上げただけ。相応しい人がいるのなら、その席を明け渡す。執着しているのではないから。大切なのは、自由を手に入れること」

「短慮だな。お前の名は既に広まっている。それを覆すのは浅はかだ。お前がそこに居続けても、お飾りにはならない」

 オデッサは苦笑して、空を見上げた。

「…私ね、ずっと昔から予感を感じる女だったの。まぁ、半分以上は外れてるんだけどね。いっぱい予感を感じて、いっぱい外して。ほんの少しだけ当たるの。下手な鉄砲数内当たるって奴かもしれないけれど、大事な予感は沢山当たったわ。ねぇテイル。今も私、予感を感じているわ。指先がざわざわするの。きっと当たるわ」

「…そこまで解ってるなら、気を付けられそうなもんじゃねぇか」

「駄目よ。そう思ってても、直面すると体が勝手に動いちゃう。テイル、あなたはまだ子供で、早熟な癖に未熟だわ。それでも誰もが持てないような力がある。それは武力であったり知識であったり、そういった類の物ではなくて。人を、導くことができる力だわ」

「………」

「ねぇ、お願いよ。私の理不尽な頼みをどうか聞いて」

 上へと向けられていた視線は、いつからかテイルへと真っ直ぐに向けられていた。琥珀の目はそれを受け止め、しかし変わらぬ表情。そのまま短くため息を吐いて、テイルは言う。

「お前は、俺に「決めてくれた」と言ったな。俺はなにをどこまで決めた?帝国に戻らないことか。解放軍に手を貸すことか。何も手出ししないことか。俺はそんな中途半端は嫌いだ。やるかやらないか。やると決めたのなら徹底的にやるさ」

「それじゃあ…!」

「お前の頼み、聞いてやるよ」

 その言葉を聞くと、オデッサは顔を歪ませて手で覆った。「ごめんなさい、ごめんなさい」。そう繰り返し、泣きじゃくってへたり込んだ。それでもすぐに涙を拭い、足を叱咤して気丈に立ち上がる。拭った涙はまた浮かぶけれど、そのたび拭いやっと落ち着いた頃テイルの顔を真っ直ぐ見て言った。

「ありがとう」

 腫れた目やずずっと鼻水をすする音。ぐちゃぐちゃの顔で笑ったオデッサは、それでもとても美しく見えた。




 翌日、皆が起床する頃二人は寝こけていた。二部屋取った内の男部屋ではグレミオがテイルを起こそうと奮闘しており、

「坊ちゃん、坊ちゃん起きて下さい!朝ですよ!」

 女部屋ではクレオが奮闘していた。

「オデッサさん、オデッサさん!歯ぎしりなんてしてないで起きて下さい!」

 わりとすぐに布団から離れた二人であるが、ビクトールは揃って寝坊なんて何してたんだとからかった。それにオデッサは笑ってテイルの腕を取る。

「あら、やっぱりわかっちゃうかしら?」

「ぼ、ぼ、ぼ、坊ちゃん!?」

「あー…夜中にちょっとな」

 オデッサがビクトールの冗談につき合ったので、テイルは悪のりしてニヤリと笑う。


 宿屋から聞こえる謎の奇声に、苦情が来るのはすぐのことであった。














久しぶりに長くなったなぁ。
オデッサを書くのがちょっと楽しかったです。セリフ長いのが。
テイルがなかなか喋らないので、どうにか喋らせようと奮闘。
オデッサにアキレスのこと語らせようかと思ったんですが、あんまりに同情してくれよ
みたいな雰囲気が出そうだったんで止めました。
ていうか、テイルって現段階で16歳なんだなー…(すっかり忘れてた)