陽もまだ高い頃、テイルは同盟軍本拠地へと訪れていた。
某所にて釣りをしていた所を見つかって以来、またもや石版守と魔法兵団長を務めているというやる気があるのかないのかわからないルックの元へ度々通っていた。
「あっまた来たんですか疫病神!じゃなかったトランの英雄のテイルさん」
「うるせぇ。露骨に間違えたフリしてんじゃねぇよ」
「てゆーか前回いらっしゃった時に邪魔だから…じゃなくて特に魔法兵団の軍務が滞るから来ないで下さいって言ったじゃないですか」
困った風に、その裏にわかる者が見ればわかる『帰れ』という意を隠して言った。
「聞いた記憶はあるが承諾した記憶はねぇ。テメェの軍だろうが何だろうがんなこと知るか。やりたいようにやるからな」
「そんなに横暴だと…ルックになけなしの愛想尽かされますよ」
「………………」
互い恋人と見なしていない以上、「愛想尽かされる」もないのだが、テイルは実質ルックに片思いなので大変に頂けない意見だった。
「そもそもテイルさんにルックは勿体ないと思うんですよ。仕事できるし美人だし、他にもっと言い貰い手が」
「お前俺に喧嘩売ってんのか」
「ボクはムチムチのナイスバディが好きです」
険を増したテイルにヴァーリは主張する。
「ボクはテイルさんを邪魔だし鬱陶しいとは思ってますけど、敵には回したくないし利用価値もあると考えているのである程度の譲歩はしますよ」
「…もう少し歯に衣着せろよ」
「それ、テイルさん相手に意味あるんですか?」
にこやかに笑って去っていくヴァーリの背中を見送りつつ、テイルは呟いた。
「……敵に回したくないのはお互い様だ…」
「おい」
「……」
「おい」
「…………」
「おいっルック!!」
「………………」
「………」
「………ん…?いたの…」
サラサラとペンを滑らせていたルックはいくら呼んでもテイルの存在に気付かず、魔力を仄めかして漸くこの空間に自分以外の存在を認めた。
「………」
「………」
しかしだからといって、ルックにしてみれば敵対していない人物が目の前にいようが「だからなに?」な訳で。
「おい」
「なに…?」
一度いると知れば少なからず意識はそちらに向くので、先程のような沈黙にはいたらなかった。しかし大半の意識は手元の書類に向いており、淀みなく動く手はさすがというところか。
「それは嫌がらせか?」
「?」
「煙草」
テイルが執務室に入ってきた時、ルックは煙草を吸ってはいなかった。しかしテイルの存在に気が付いてすぐ、右手でペンを走らせつつ左手で引き出しから煙草を取り出した。それを器用にくわえ火を付けたのだ。
ふー、とルックの口から紫煙が吐き出される。
見かけによらず、テイルは煙草が嫌いだった。
見かけによらず、ルックは愛煙家だった。
「……無意識だった」
「あ゛?」
「ストレス?かな…それともやっぱり嫌がらせ…?」
「無意識に嫌がらせかよ」
「さぁ…」
テイルにしてみたら、自分でストレスを感じようがどうでもよかったが、今後を考えるとそれはあまり好ましくない。
「嫌なら出てって」
これは進歩と取るべきか否か。煙草が嫌じゃなければいても良いということだ。
かつて、煙草を吸おうと思ったことがテイルにもあった。しかしテイルの器官はそれを受け付けず、大きくせき込んだ上涙目になった。それは14の時のこと。
つまりルックと同じか僅かに上だったことになる。
その14の時以来、テイルは煙草を好きになれないでいた。
「………………ふん…」
結局、テイルはその場に留まった。
「…煙草嫌いなんじゃないの?」
「んな煙いもん好きじゃねぇよ」
「…じゃあ、なんでいるの」
「俺の勝手だ」
備え付けのソファーにどかと座ったテイルは、置いてあったティーセットから珈琲を作りすすっていた。
見るとそれは大夫クリーミーな茶色で、ミルクと砂糖が大量に入っていることを伺わせた。
「…」
それを目の端で捉えたルックは、変わらぬ無表情を保ったまま、緩慢な動作でまだ長い煙草の先端を灰皿に押しつけた。
「吸わねぇのか?」
更に砂糖を2杯ほど足していたテイルは訝しんで尋ねる。
「…いや、なんか………うん」
「?」
「今日は吸わないでおく…」
それをテイルは内心喜んだが、どうしてやめたのか、それを知ることはない。
ルックのテイルに対する印象が変わったのは、言うまでもなかった。
坊ちゃん嘆かわしや…!
なんだってこんな情けない子に。
俺様だったはず。
テイルはそんなキャラで、たまにちょっとヘタレ。
な、はずなのに全開でヘタレ。
ヴァーリにも負けているんじゃないかしら。
煙草は、テイル編のルックが現段階で初めて執着しているのもなのかも。
このルックはヒクサクにすら大した感情抱いてません。