見晴らしの良い平原のど真ん中、ラーグが唐突に言い放つ。
「ルック、ちょっとデートしない?」
そんな一言から、僕等は今日デートをすることになった。
つきづきし
そもそもだ。僕等は今共に旅をしているのだから、デートなんてしなくてもいつも一緒にいて、色々なところを見て回っているのに。
……というか、デートってものがいまいちよく判らない。
「じゃあ、行こうか」
「う、うん」
僕の手を取って、ゆっくりと歩き出すラーグ。この旅を始めて、もう200年ばかりが経っただろうか。飽きることなく諸国を巡り、若かったあのころより世界を知った。
壊さなくて、よかったと。心の底から今は思う。グラスランドにも、訪れた。自然に溢れ、笑顔に満ち、「一生」を精一杯生きている人達を見て、昔を悔いた。それでも彼等は許しをくれて、僕は今ここにいる。
世界をラーグと巡り、色々な思いもしたけれど離れることはやっぱりできなくて。
…幸せだと、思う。
僕の手を握る人物の顔を見上げれば、視線に気付いて目があった。ラーグはにこにこ笑っていて、何がしたいのかわからない。とりあえず聞いてみる。
「あんた、何がしたいわけ?」
「だから、デート」
「そうじゃなくて…」
「まぁまぁルック。デートなんてすっごい久しぶりだしいいじゃないか」
僕、デートなんてしたことあったんだ。
「……」
「ルック?」
ため息を一つ、わざとらしく吐いてやる。腕を組んでしようかないという風に答える。
「つきあってあげるよ」
「ありがとう」
一度離された手を差し出され、僕はその手を取った。
始めにラーグが連れていってくれたのは、ファレナの末端にある古城だった。ここは、いつか来たときに見つけた場所。移動には転移を使った。
「ここになにかあるの?」
「城があるよ」
手は握られたままに、ラーグは言う。
「そんなのわかってるよ」
「ねぇルック。この城はもうずっと前の先人が建てたんだ。それでもなお形を保ち、所々朽ちながらも残っている」
見渡せば、外壁には蔦がびっしりと張り付き葉を茂らせている。石の壁や床には苔が生え、崩れた天井から射す陽の元では花が咲いている。
その光景に、思わず笑みが漏れる。
「じゃあ、次行こうか」
「え?」
ファレナの古城だけだと思っていた僕は、次に連れてこられた場所に驚いた。
「展覧会?」
「著名な画家のではないけれど、僕は好きなんだ」
最近見つけて、とラーグは言う。確かに、入り口に飾られている絵は僕も気に入った。有名ではないということもあり、人はあまり多くない。こういう気遣いに気付いたとき、無性に嬉しくなる。
「この画家は、動植物をテーマにすることが多いんだ。でも、かと思えば街の風景を描いたり人物像を描いたり。静かにこの絵を見れるのはもうないかもね。すぐに大勢がこの絵に魅入る」
大衆より一歩先に、僕はその絵に見入っていた。一枚の、小さな絵だった。
腕だけが描かれ、そこからは内部に埋め込まれた種が芽吹いたように。皮膚を突き抜け草花が咲き誇っていた。
込み上げる、何か。
そんな僕をラーグが見つめて微笑んでいるのに気が付き、僕は、握られたままの手を、少しだけ強く握った。
ゆっくりと全ての絵を見て回り、展覧会を出たのは夕方になった頃だった。
「行こう、ルック」
「まだどこか行くの?」
「次で最後だよ」
そう、転移した。
「あ…」
懐かしい場所だった。そこは最上階で、夕日が僕等を照らしている。
「……解放軍…」
「そう、かつて僕等が本拠地と呼んだ場所。ねぇ、見てルック。ここもファレナの古城と同じ。人がいなくなり、自然と同化している。それでも、ここに僕等がいた形跡は残っているし、忘れもしない」
優しい目で、僕を見ながらラーグは言う。
「人は自然と調和しているし、自然は人と共存している。世界に馴染むのには時間がかかるけれど、世界は何も拒んだりしない」
「……っ」
「ルックはまだ、自分が世界にとって無価値で、異物であると思っていることがあるけれど、そんなこと全然ないんだよ」
僕は、こんなにも。
「ルックは、世界にふさわしいよ」
幸せで、いいのだろうか。
ラーグが言ってくれた言葉がゆっくりと、真っ直ぐに心の中に降りた。満たされた、心。数え切れないほどのありがとうを伝えたいのに、僕はただ、彼の胸に抱かれているだけだった。
それでも僕は、幸せに溢れるこの気持ちのままに伝えたかった。
「ありがとう…」