作り物めいた綺麗な顔。

 予想通りの冷たい目。

 苦手だった。関わってはいけないと思っていた。

 でも気がつけば目が話せなくて。

 一緒にいると心が安らぐ。

 彼の前では「軍主」でいる必要もなかった。

 そう、あえて言葉にするのであれば、



 いい友人。

 


星落ちる

 


 スカーレティシア城にある悪趣味な毒花。その解毒薬を作れるのは神医リュウカンのみ。最大の武器である毒を無力化されてはかなわないとミルイヒはリュウカンを連れ去った。その先が、よりにもよってソニエール監獄だという。過去2度ほど進入を許したことはあるものの、幾重にも施錠された鉄扉を突破するのは容易いことではない。収監されるのは殆どが大罪を犯したものたちだ。

 だが、ソニエール監獄だからといってリュウカンを諦めることはできない。あの花を何とかしなくては先へは進めないだろう。幸いにもマッシュのつてで本物のような書状が作られた。いわゆる、偽装。僕自身本物を見たことはないが、ぱっと見て偽物とわからない程精巧に作られている。

 これで、ソニエールに入れる。決行は明日だ。

 この偽書状のためにばたばたしていて疲れているはずだし、明日に備えてもう眠るべき時間だ。だがどうしてか目が冴えてしまった。寝台に横になってみるものの眠気は一向に襲ってこない。寝ることを諦め、気分転換に少し風にあたろうと屋上へ出た。

 すると、予想もしなかった先客。

「ルック?」

 小さな呟きは彼の耳に届かなかったようだ。手すりと言っていいのか、大分風化している岩壁に手を着き食い入るように空を見上げている。近づくにつれその表情も伺える。目を見開いて、夜の闇に浮かぶ顔は青白い。本当にどうしたのだろうか。

「・・・・・・ルック?」

 声をかけていいものか少し迷ったが、なにがルックにこんな顔をさせているのか不審だった。

 いつもは気配で気づくのに、僕の呼びかけで勢いよく僕のほうを見る。随分驚いたらしいルックを見てこちらも驚いてしまった。

「なにか、用?」

「いや、風に当たりに来ただけさ。ルックはどうしたんだい。熱心に空を見ていたようだけど」

「別に・・・どうもしないよ」

 次の瞬間には、いつも通りのルック。先ほどの様子を思えば何かあるのは明白だ。しかし、言いたくないのであれば無理に聞き出すのは気が引ける。

「そういえば、魔法兵団では変わった訓練をしているそうだね」

「変わったことをしているつもりはないけど・・・。まぁ、他の部隊に比べたら大分様変わりだろうね」

「枯れた植物に、魔力を注いで元に戻しているのだろう?」

「ああ、それのこと?そうだね、大体みんなできるようになったし魔力も上がっている。訓練の成果は出ているね」

「それはよかった。さすがルックだね」

「なにがさすがだよ」

 ふん、とそっぽを向かれてしまう。なんだかそのしぐさが面白い。

「ルック」

「なにさ」

「この紋章は植物の魂すら食らう。魂を取られた草木は、魔力を注げば元に戻るだろうか」

「無理だね。根本たる魂がなければ、どれだけ魔力を与えても意味はないよ」

 この答えは、予想通りのものだった。魔法兵団の訓練を聞いて、直ぐに自分で試してみた。結果は惨敗。僕の力量不足が原因でもないらしい。分ってはいたものの、落胆は隠せなかった。

「しょうがないでしょ、真なる紋章の暴走がその程度なら可愛いもんだよ」

「そう思うことにするよ」

 苦笑してそう言う。空を見上げれば、ルックは背を向けて階下への階段に足をかけていた。

「もう寝るのかい?」

「まぁね、あんたも早く寝なよ。明日は早いんだろう」

「そうするよ」

 僕が返事をするころにはすでにその姿はなかった。

「・・・・・・」

 まただ。警報が心中に鳴り響く。以前よりも、強く、強く。関わるなと、なぜなのかも分らぬまま、それは鳴り続けた。

 僕はそれを振り払う。何が危険だというのか。別にいいではないか。



 彼といるのは、心が安らぐのだから。





 拭いきれない不安を抱えたまま階段を下りると、遠くから口笛が聞こえてきた。音のする方を見ると闇の中にぼんやりと金色が見える。段々近づくそれは僕に気づかないのか目前になるころにようやく驚きの声を上げた。

「うわっ!?」

 そんなに存在感がなかっただろうか。

「あーびびった。誰かと思えば軍主じゃん」

「確か、シーナだっただろうか。こんな時間までいったい何を?」

 彼の解放軍入りはレパントの暴走によるところが多少なりともあった。もちろん、遊学しているはずのシーナがセイカでナンパしていたのが一番悪いのではあるが。

「なにって、女の子に振られちゃって。今日は無理かなぁと部屋に帰るところ」

 肩をすくめて笑ってみせる。実のところ振られたことはそんなに気にしていないようだ。

「あまりレパントを怒らせるなよ」

「親父が怒ってんのはいつものことだって」

「あまりアイリーンに心配かけるなよ」

「あー・・・・・・・・・それは、まぁ、それなりには・・・」

 どうやら母親に弱いらしい。目が泳いでいる。

 そういえば、年が近いシーナとは碌に話したことがなかった。初めて会ったときはレパントが引きずっていったのを眺めていただけ。その後も合う事もなく今の今までずるずると今に至る。別段困るわけでは、ないけれど。

 ふと、シーナの目が細くなる。口元は笑っているのに決して笑っていないのはその目に孕む剣呑な雰囲気が物語る。

「なぁ」

「・・・なんだい」

「不満はないのか?」

 不満。不満?思わず吹き出しそうになるのを答えて、笑う。

「何を不満に思うことがあるんだ?」

 皆が力を貸してくれる。国のために、民のために、一生懸命その命を懸けて戦ってくれる。僕はそれを誇りに思う!


 思うべき、だろう?

 彼もまた、笑って答える。



「そうか」

 


 石壁に囲まれた狭く暗い部屋。どれだけ叩いたって開くことのない鉄の扉。かきむしる様に爪を立て不愉快な音を響かせる。だけれど、そんな音は僕の叫び声でかき消される。グレミオ、グレミオ、そう呼んだって、いつも笑顔で振り返るあの声は返ってこない。

 割れた爪がじんじんと痺れるような痛みを与える。にじむ血が鉄扉に赤い線を引く。ただひたすらに二度と返事のない名前を呼び続けた。

 そして、広がる闇。

 指の痛みなど凌駕する熱が右手を支配する。それが何かなど一瞬で理解した。制止の声など届くはずもなく紋章は魂を掠め取る。熱い。熱い。熱い。手が、胸が、喉が、頭が、目が、熱い。

 魂を喰らった紋章が強大な力を押し付けてくる。

 誰でも殺せるような力を貰った気がした。

 

 














 吐き気がした。

 

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